JOURNAL: NEW BRAIN, THE BENEFIT

ART/CULTURE

JOURNAL: NEW BRAIN, THE BENEFIT

フォトグラファーによるガン闘病記

Text and Photos: Jeffrey Shagawat / Translation: Kana Ariyoshi

ジェフリー・シャガワットは、ニューヨーク在住の37歳のフォトグラファーだ。昨年、悪性の脳腫瘍と診断された。このつらい事実と向き合うために、フィル ムカメラとビデオを使って、日々の記録を撮り始めた。NEW BRAINと題された一連の作品はその記録の集大成だ。今、ジェフの病状は「寛解期」といわれる段階を通過しながら、ギャラリーで個展を開催すべく、作品 を構成している。ジェフにフォト・エッセイを提供してもらった。

その夜のことはあまり覚えていない。強い電気ショックと体の部位が不自然にねじ曲がるような感覚だけ覚えている。それ以外の記憶は空白だ。アパートの中を歩き回っては扉やキャビネットを開けてモノをあちこちに動かしていたらしい。そんなゾンビ状態が終わると、再び眠りにつくまで激しい息遣いに、激しいいびきをかきながらベッドに横になっていたという。恐ろしいことだ。今思えば、裸のままキッチンで扉を開けたり閉めたりするゾンビだったということが、ちょっとおかしい。すごい光景だろ? 今、ようやくちょうどいい薬の組み合わせが見つかって発作から解放された。
あの日から、突然、がん専門医、神経科医、ソーシャルワーカー、MRI、化学療法、放射線治療、瀉血(しゃけつ)、抜け毛、薬、事務手続き、感情の激しい波が、自分の人生のすべてになった。そんなつらい日々と向き合うためにすべてを記録した。スチールカメラとビデオを持たずに外に出かけることはなかった。あらゆることを保存し、記録した。初めて撮ったのは、不安そうな顔をして僕を見下ろしている家族を、手術室へ向かう担架の上から撮った写真だ。起きている間は、自分のホチキス止めされた頭や髪の毛の抜けた姿、闘病生活を無数に撮った。それだけじゃなくて、診察の行き帰りの車の中からたくさんの写真を撮ったり、ストリートフォトやアートなヌードや友だちとも撮影をした。カメラのレンズを通して自分の変化と向き合っていた。
NEW BRAINでは、診断の時にはりつめたあの困惑した状態を再現したかった。当時、かなりのショック状態だったし、投薬中だったから、今では映像が自分の記憶の一部になっている。ビデオは、病気を抱えるということについての、ひとつの興味深い考え方を表現している。医者との面会、採血のシーン、放射線治療に向かう途中に福祉車両のドライバーと話す様子、医療関係の映像も多い。逆に、街をただ歩き回ったり、ストレスを解消するために泥酔したりしたときに撮った抽象的な画像も大量にある。
この経験は、自分のアーティストとしてのビジョンに大きな影響を与えた。ツールとしてのアートが持つ強大な力に、心から気がついたことはそれまでなかった。アートが僕の命を救ってくれた。アートを生み出さずに、この試練を切り抜けられたとは考えられない。アートのおかげで集中もできたし、気を紛らわせてもくれた。悲しみには支配されたくなかった。
この経験を乗り越えるのに、助けになったことが他にもいくつかある。どうやって始めたかは覚えていないけど、いつからか、マッシュルームをあちこちで少しずつ口にするようになった。パープルで、ちょっとぼんやりとした、ふわふわした感覚を与えてくれた。診察室で、みんなから「上機嫌だね」なんて言われたりした。僕は「この病気と向き合って、アートを創りながら、勝つんだ」と思ったことを覚えている。毎朝、福祉車両に乗り込んで化学療法を受けるために少しだけ服用していた。かなり助けられたし、厳しい日々に明かりを照らしてくれた。
放射線治療と化学療法の最中には、夜に家に帰ってはバーに行っていた。周りからは「免疫システムを大事にしろ」と言われた。それはわかる、でもそれでも自分の人生を生きなきゃいけない。すべての習慣をやめることはできない。人を家に呼び、レコードをかけて、その晩だけでももうひとつの世界に逃げたかった。次の朝にはまた車が僕を迎えに来るから。そうして夜になると、また友だちが遊びに来て一緒に時間を過ごした。困惑してたやつもいたけど、楽しかったから、すべてをふわっとした感覚で受け止められた。
だから、NEW BRAINは悲しい話ではない。希望を与えられるようなストーリーにしたいんだ。ひとりの人間がどうやってつらい病気を乗り越えたのか。そうでなかったとしたら、少なくともどうやって最悪の1年を切り抜けたのかを見せたい。ショッキングな映像かもしれないけど、僕のストーリーは正直だし、生のストーリー。勝利の物語だけれど、どこか変わっている。構成し始めた時は、興奮して感動していたけど、今は距離を感じ始めている。そして今後はもっと離れていきたい。頭痛や副作用が続いているけど、そんなこと全部忘れてしまいたい。でももっと大事なことは、病気を乗り越えられたということ。それこそ自分の経験をシェアしようとする原動力になっている。
NEW BRAINのおかげで、インタビューを受けたり、ガンに対する意識を高めることに役立ったり、力強いアートを創ることで多くの人に関わることができた。ガンの経験から生まれた芸術的表現を集めたカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)ゲフィン・メディカル・スクールで行われた展覧会にも出展した。それだけでも十分なことだけど、さらにNEW BRAINの完成版をひとつのギャラリーで展示したい。一連の作品は悪魔を解き放つようなものだと捉えてきた。今では、ギャラリー展示への試みが悪魔になった!いくつかの街でずっとあちこち探し回ってきたけど、まだ誰も拾い上げてくれない。理解できない。ガンはいろんな形であらゆる人に影響を与えてきたことだから、人が飛びつくだろうと思っていた。でもこの時代、世の中は一切れのリアリティなんて求めていないみたいだ。チェルシーのギャラリー関係者の言葉を借りれば、「ガン闘病記はもう時代遅れ、成功したいならガンで死んでこそ」らしい。
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11.27.2012

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